駅頭、街頭演説について思ったこと。
通行人は一瞬で通り過ぎるし、名前と顔と話してる内容すら覚えてもらうのは確かに困難かもしれない。
聞いてるか聞いてないかわからない人々に、即座にわかる言葉で語るのも、勢いセンセーショナルな単語ばかりになってしまうかもしれない。
端折った断片しか伝わらなければ、それは本意ではないだろう。
しかし、有権者のほとんどは、熱心に議会中継見たり、新聞政治欄や自治体広報紙を常に読み込んでいたり、活動報告に目を通してくれるわけではない。
ほとんどの有権者は忙しい生活者なので、じっくり話を聞く機会が持てない。
しかし、毎朝、朝の挨拶をする姿を目にして通り過ぎて行く人でも、少なくとも選挙時に投票に行く人は、ああ、あの人はいつも一所懸命活動してくれてるな、と記憶にとどめてくれる。
既に支持すると決めてる政党があるならともかく、多くの無党派層には、毎朝挨拶する政治家の姿に誠実さを見てる。
どの政党でも新人さんは顔と名前を覚えてもらうために駅頭してるよ。一所懸命。音新党も、自民も。
砂に水撒くような気持ちになるのかもしれないけれど、労も多いかもしれないけれど、センセーショナルにならなくていいから、難しい説明でない平易な言葉で駅頭・地域活動続けてほしいです。
平易な言葉でというのも大切で、難しい言葉や仕組みを知らない私達一般人の曖昧な言葉も、わかってくれる、そういう共感力を期待させます。
道は違えど、同じ方向へ向かって行きたいです。
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