東京のバンクシー

バンクシー騒動を振り返ってみます。

まずは知事のツイート。
小池都知事
あのバンクシーの作品かもしれないカワイイねずみの絵が都内にありました! 東京への贈り物かも? カバンを持っているようです。

バンクシーの絵か? 都が撤去 ゆりかもめ・日の出駅前 - FNNプライムオンライン #FNN
2019年1月17日 木曜 午後1:05

正体不明のあのアーティストの作品か。

FNNのカメラが、回収作業の一部始終をとらえていた。

かばんを持って傘をさしたネズミの絵。
この絵は、ゆりかもめの日の出駅前にある、東京都が所有する防潮扉に描かれていたもので、世界各地で風刺画をゲリラ的に描くことで知られる、バンクシーの作品の可能性があるという。

16日、東京都が撤去作業を行い、現在は都が管理する倉庫で保管されているという。

小池都知事
「本物かどうか、これから確認することになると思います」

都は今後、バンクシーの作品か鑑定作業などを進めるとしている。

‪日本初!世界的覆面アーティスト“バンクシー” 作品発見!? 可能性を専門家に聞いてみた… - FNNプライムオンライン #FNN‬

すらいと氏ツイート
ツイッターで拡散されたり、マスコミが報道する前に
絵の前でポーズ取って撤去した都の完勝だったのでは。話題だけ残った。
私もそう思う。

しかし、

↓批判する左側のアンチ勢


バンクシを権威化して警備員置いたり都で公開したら、リテラのお説の半分くらいはその通りかもって思うかな。イワシの頭にヘイコラしてらぁ、という。作品に価値がないという意味でなく、本来の風刺の姿を補強しちゃうかなという事だけど。

しかし、Tokyo rat は他の落書き同様消された(撤去された)
落書きで面目失わせるというのが作家の主張なら、撤去され消される事で存在意義が完遂されるわけだよね。目の前を飛ぶ小うるさいハエを叩き落す権力の醜い姿をあぶり出すのだから。

しかしまぁ、百合子さんは一旦歓迎するかのようなそぶり見せながら撤去を命じてしまうの。軽くいなした感☺️
すらいと氏が言うようにガッツポーズ取って話題だけ残した知事の完勝

しかし

というアンチさんのツイートを以前見て、いやソレ違うんじゃね?と思った。(ある意味、イワシの頭に云々そのまんま…)
話が通じない人だし面倒なんでクソリプしなかったけど。
今日またすらいと氏がアンチさんと戦っているのを目にしたので、このトンチンカンなツイを思い出し、折角だから元記事探してみようと思い立った。
ホントにこのアンチさんみたいな明後日の評価されてんの?と
読んでみてわかったのは、私が感じた違和感をしっかり書いているのでは!?ということ。ほら見れスゾー!おまえは間違ってるw
特にっ!このツイにっ!全面同意
Disappointed that a very poor protective screen has been erected, you can't appreciate it! Understand the need to protect but it totally obscures the artwork!
(拙訳)
「ひどくチャチな保護スクリーンが建てられたことに失望する。あなたはそれを正しく理解することができない!
保護する必要性はわかるが、それはアートワークをまったくわかりにくくする!」

そのとーり。

地元議員
「『世界的に知られるゲリラアートの新着作品』は、ポート・タルボットを最近話題のウェールズのモダンアートギャラリーに最適な場所とした」
「世界的クラスの現代美術家は、印象的な都市景観や産業景観と並んで穏やかな丘陵地帯の興味深い組み合わせを見ているようだ」

エエェェ(´・ω・`)ェェエエ

待って待って。ばんくしが描いてるのはアイロニーなんでないですかね。そんなに喜ばしい事なの?
というか、その「最近の話題のウェールズ」のその話題とやらについては、後段の「製鉄所による大気汚染について大々的に宣伝されたため、故郷がアートワークに選ばれたと考えている」という、落書きが描かれちゃった物置の持ち主の話の方が現状を正しく認識してそう。

権威や社会的矛盾への皮肉を権威化してしまったら、本末転倒なのではないのかな。
青い鳥を捕まえてカゴに閉じ込めたら、鳥の色は変わってしまう。
しかし、落書きを元の場所に置いておけばいつか消えていく(Tokyo rat もうだいぶ消えてしまったし)
外された今となっては絵は記憶でしかないけれど、ほとんど知られずに全く消えてしまうよりはどこかに仕舞われたという記録になった。

都市の片隅に現れて人知れず消えていく弱きものを描いたのだとしても、確かな記憶を残してくださった百合子さんに感謝。やっぱり東京への贈り物でしたね☺️


補足:皮肉や当てこすりは、それを投げつけられた者にとって祝福などでない。例えて言うと、「ズボンのチャックあいてるよ」という意味で「あなたの社会の窓が全開」と表現されたとしよう。「私の社会の窓が全開だ!」と喜んでチャック全開を固定したらアホですよね?
 社会的課題を指摘されたのなら、それを解決するよう行動するのが正解なんではないのかな。この場合チャックを閉める。閉めると、開いていたという事実は消える。課題は解決するが、残された表現と現実は相違して、「かつて開いていたチャック」という記憶だけが残る。しかし、皮肉が伝えたメッセージは確実に受け止められたことになる。
(誤った数値による大気汚染ワースト1のありがたくない汚名に対するメッセージとなってしまった「季節の贈り物」は、フットワーク軽いアーティストのこう言ってはなんだけど軽率さがまた、辛辣めかない「悪戯」っぽいなぁなんて思った)
 幸いなことに、Tokyo rat はズボンのチャックのような毒舌ではなかったようだけど。消えてしまう都会の片隅の小さき者を、消えていくままにせず守るよと東京が受け止めた、という応答のメッセージ。私には今回の件がそんな風に見えたよ。

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